昨日、久々にElton Johnを聞いた。Elton Johnはニュージーランドに行って2ヶ月ほどたった頃、英語の勉強も兼ねてYour songに大ハマリして一日中聞いた挙げ句歌詞を完コピできるようになった。この曲を聞くと、なにもわからなかった状態からなんとかチームと契約をして、生きていくためのアルバイト先も確保して、なんとか一先ずニュージーランドで生きていけそうな安堵感を得始めたと同時にこれからやりたいことへの高揚感を抱いていた頃を思い出す。あの頃の僕はお金なんて全く無かったけど(今もないが)必死に生きていたし、生きるためならどんなことでも受け入れるくらいの泥臭さがあって我ながら好きな自分だった。そんなあの頃を思い出させてくれる、つまるところの思い出の曲ってやつだ。
一つ聞いていたら止めどなく思い出の曲を掘り返したくなって気づけば1時間は経過していたと思う。せっかくなので僕が海外生活を共にしてきた洋楽をここに記し、歌の美しさについて考えていきたいと思う。

Elton Johnの曲で聞いてたのはYour songだけではない。ニュージーランドに住み始めて一年半くらいが経過した頃、僕はElton Johnに大ハマリした。きっかけとしては一緒に住んでいたフラットメイトがシャワーを浴びる時にいつもTiny dancerを熱唱していたことと、Elton Johnの映画「Rocket man」をみたことだ。好きな曲はTiny dancerだ。この歌を聞くとフラットメイトの歌声と共に、彼らとともに馬鹿をやった日々が思い出される。晴れた休日の日にはなにをするわけでもなく、庭でビールを飲んで、思いついたかのようにパスタを作り始めたりする。いきなりプールを作って、二階から飛び込んだ日もあった。きっと彼らとともに生活できる日はもう来ないし、したいかと言えばそうでもない。使い終わった皿は洗わないし、ゲームと酒が激しい彼らの生活スタイルとサッカー選手は共存が難しい。それでもあの頃の生活は今後の人生でも色褪せさせたくない日々として大切にしている。Tiny dancerとともに。

イギリス人と行動を共にすると(主に酒を飲む場)、Oasisの偉大さに驚かされる。イギリス人にとってソウルロックバンドであるように思えたし、日本人にとってのミスチルやスピッツとは違った存在だ。Oasisは個人的にも好きだし、チームメイトと趣向を合わせるためにもたくさんの曲を聞いたけど、お気に入りはやっぱりChampagne Supernovaだ。試合が終えた夜、まだニュージーランドについてなにも分かっていなかった頃、僕はとにかくチームメイトが誘ってくれるパブ(飲み会)にはすべて参加した。英語も全然わからないし、面白かったと言えばそうではなかったんだけど、彼らと距離を縮めるにはうってつけの機会だった。なにより「これが海外か」と言わんばかりのカルチャーを目のあたりにすることがたくさんあって、いい経験をしたと思っている。1番印象に残っているのはパブから一人で家に向かって歩いている帰り道、きっと時刻は夜中の2時とかだったと思う。酔っ払いながらも家までの長い旅路の間に、ふと流れてきたChampagne Supernovaにビビってきた。あの頃の僕のリスニング能力じゃこの歌の歌詞なんか聞き取れるはずもなかった。それでも確実にビビッときていた。結局、あの帰り道は一時間弱歩いたと思うんだけど、Champagne Supernovaだけひたすら聞いて帰った記憶がある。
”How many special people change?
How many lives are living strange?
Where were you while we were getting high?”
真夜中の散歩時に、ヘッドホンをしてこの歌を聞いてほしい。
きっと染みる。


Love yourself。日本人にとっても大人気のJustin Bieberの有名曲、Love yourself。よく聞いていたのは、ちょうど一年目のビザが切れる頃の2020年の12月だ。現地にいた日本人がギターで弾き語りをしてくれた時に、いい歌だと思い気に入った。あの頃の僕は本当に不安の中で生活をしていた。ビザは切れて働けなくなるが、サッカーの方はニュージーランドのトップリーグでプレーできていてエキサイトしていた。しかも、プレシーズンと開幕戦はスタメンでは出れていなくて、外国人枠の関係でメンバーに入ることすらも危うい状況だった。そんな中で結果を出すことにとにかく必死だった。一方で、ビザの関係で滞在は出来るけど働くことはできなくなった。今までに貯めていたなけなしの貯金を切り崩しながら生活をすることになった。「このままいけば、数週間後にお金が尽きる」あそこまで明確に貯金が尽きる現実を突きつけられて精神状態は健やかではなかった。それまでの僕のサッカー人生からは想像もできないような舞台でサッカーを出来ていたのに、思わぬ形で強制帰国しなければならない現実がすぐそこにあった。そんな時にアホみたいにハマっていたのがこの曲Love yourselfだ。別に、この曲の歌詞に励まされたとかではないし、この曲の歌詞もそんな内容ではない。ただ曲のリズムがすごく好きでひたすらに聞いていた。今考えてみてもあの頃の僕の決断と言うか、ニュージーランドにしがみつくためのしぶとさはなかなかだったと思う。そんな時期を一瞬にして思い出させてくれるこの曲は今でも好きだし、歌詞のストーリーとは少し異なるんだろうけど「自分を愛そう」と思わせてくれる歌だ。

みんなにとって死ぬほど興味のない僕の思い出の曲紹介はこのくらいにしておく。ここからは歌ってなんで良いんだろうなということについて考えていく。
もちろん歌には素晴らしい要素がたくさんあるのだが、今回は「思い出の歌」に限定して話していく。ここまで書いてきたから分かると思うが、思い出の歌は、自分にとって大切な思い出を思い出させてくれるアイテムだ。「懐かしい」こう思えることが僕ら人間という生物にとって、ものすごく高貴なものとして扱われていると思うのだがなぜなのだろうか。

小学生の頃、書道の時間に上手くかけたと思っていた書き初めが十歩ほど離れて見てみると、歪な作品になっていたことがある。書き初めのときには、いかに全体のバランスを見ながら細部にこだわるかが大事であり、それに気づくためには実際に離れて確認するという作業が一番効果的だった思い出がある。僕にとって懐かしさを与えてくれる「歌」という存在はこれに近いと思う。まず他人が書いている詩には自分には見えていなかった他人の視点がある。自分とは違った世界の見方をしている人がいるということを、僕らは忘れながら生きている。それを思い出すために、他人の想いを詩という形で知れるのはとても面白い。さらにその他人がアーティストであるからなおさらだ。書き初めにおいても自分ではきれいにかけているつもりでも、先生や他人から客観的な意見をもらい、それを受け止めることが上達への近道だった。
そして一歩離れたくらいじゃ全体のバランスが分からないというのが個人的なミソだ。僕はこの歩数という距離を、歌では時間軸に置き換えている。「懐かしい」という感情は必然的にそれなりに時間の経った過去ということになる。その頃の自分を現在から客観視することによって、間接的に現在の自分を客観視していることになっているのではないか。これが僕の意見だ。

夢中になっている時はたいてい周りのことは見えていない。それが夢中である時にハッピーになれる可能性が高い大きな要因であると僕は思う。それはその時の自分にとってもハッピーだし、未来から過去を振り返ったときにも「あの頃は」と気持ちの良い気分にさせてくれる。しかし、人生においてしばし夢中になれていないときに遭遇する。そんな時に注意が必要だ。自分がなにをしていいかわからなくなってしまうからだ。そんなときほど、周りがよく見えてしまうしそれが不幸の一因を担ってしまう。
要は僕の意見はこうだ。自分が夢中だったり、ハッピーなときほど自分の人生やこの世の中を客観的に見ようとする努力が大切だと思う。そうしたほうが、長い目で人生を見た時に自分の人生がより良いものになるんじゃないかと考えている。そのために「歌」っていう作品はとても素晴らしいものだ。

僕にとっては小説も自分の人生を見つめ直すいいきっかけになるし、美術館に足を運ぶのも「こんな世界の見方があるのか」と新しい発見を求めている部分がある。そしてそれは「歌」でも同じであった。
ウタは歌で世界を救うことは出来なかったかもしれないが、ウタが救ったシャンクスやルフィが世界を救ってくれると僕は信じている。

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