自分が記憶できるような年頃から23年間、同一の実家で暮らしてきた。決してファンシーな家ではないし思春期の頃にはもっと広い家に住んで大きな自分の部屋がほしいと思ったことも正直あった。
それでも実家を嫌いになったことなんか一度もなかったし、数年ぶりに日本に帰って実家で暮らしてみてもすこぶる居心地が良い。今となっては立地から何から特に文句もないしすごく気に入っている実家というものが自分にはある。
幸せなことだ。
大学を卒業してから多くの時間を海外で過ごしてきた。
フィリピン、ニュージーランド、オーストラリア、スペインである程度の期間を過ごし、それぞれの国で「家」というところで生活をしてきた。フィリピンの語学学校の寮に始まり、ニュージーランドでは最初にファームの家に一ヶ月ステイした。その後はバックパッカーや留学生が多く暮らす大型のフラットで半年以上を生活し、そこでロックダウンも経験した。その後はその中で仲の良かった数人とフラット(一軒家)を借りて、シェアハウスを経験した。友達同士の喧嘩などありカオスな状況もあったが、なんやかんやナイスなハウスだった。その後は自分一人抜け出し、再び大型のアパートメントで数ヶ月暮らし、その後にチームメイトの家に誘ってもらい二人暮らしを経験した。


オーストラリアに移ってからは会長の豪邸で一ヶ月以上を過ごし、後にフラットに移りブラジル人やちょっとおかしなベトナム人などと生活をした。
スペインではチームの仮家に住み込み、スペイン人とのルームシェアを経験した。フィリピンでも韓国人とルームシェアを経験していたのだが、スペイン人とのルームシェアは控えめに言って地獄であった。ストレスでハゲ散るかと思ったがうまく契約できなかったこともありなんとか耐え抜く事ができた。
そして今はニュージーランドに来て、チームメイトの南アフリカファミリーの家に居候させてもらっている。

これまで経験したどれもが必ずしも快適であったとは到底言えない。
自分のペースで料理ができなかったり、全く片付けをしないフラットメイトのために掃除をしてあげたことも数えきれないほどある。当たり前のことだけど、自分のネイティブランゲージではない国で生活をしている時点である程度のストレスはそもそもあった。なにより自分の性格的な問題で、どうしても同居人に気を使ってしまうことが多い。
それでもこうしていろんな家を経験できていてとても良かったと、心からそう思っている。

何と言っても異文化交流だ。
違った文化を体験できることは一見楽しいことのように思えるのだが、それは同時にストレスを生じるものでもあることを言わなくてはならない。要は異文化交流とはキラキラしたものではない。少なくとも自分はそう思っている。現に、僕は各国各地で行われている交流会のようなものには行ったことがない(ただの人見知り)。
自分の場合は好き好んで外国人との異文化交流を望んで環境を選んできたわけではなかった。ただ、自然と成り行きでそうなってきたことが多い。それでも貴重な経験がたくさんできた。

今日の夜は彼女を連れて南アフリカのファミリーのBBQディナーをごちそうになった。まず第一に、ネイティブがつくってくれる南アフリカ料理が食べられるというだけですごくいい経験だった。めちゃくちゃに美味しかった。
ただそのあとに、南アフリカファミリーのお母さんに色んな話を聞かせてもらった。どうやってニュージーランドに来たかとか、子育てについてとか。そして悲しい話であったが、南アフリカで実際にある差別の話をたくさん聞かせてもらった。生々しかった。
実際に自分の目の前にいる人が、そういった差別などを経験してきたことを知ると、急に今まで知っていたつもりだったかのような感覚になる。それくらい、なんか心に響いた。
それらの話は、日本で日本人として育ってきた自分にとっては全てが新鮮なものであった。というより、日本では経験不可能な話ばかりだった(ポジティブWayで)。ただ、裏を返せば僕らが日本で経験してきたことは、彼らにとってすべてInterestingとなる。


ふつうに考えれば海外で暮らしてれば当たり前なのかもしれないけど、今の自分にとってはこうした文化のシェアリングがとても楽しい。だからなんだって話なのかもしれないけど、自分にとって幸せはなんだろうなって自然と考え直させられる。自然とね。
でもこれがすごく良いと思っている。
今まではラーメンの種類から好きな味を選んでいたが、そもそもラーメンじゃなくてフォーとかパッドタイとか麺類全体から考えたほうがよくね?むしろ食べ物全体から考えればいいじゃん。
大袈裟じゃないくらいに、これくらい幸せの価値観とか人生観にいろんなものがあることをこの数年で目の当たりにしている。それが今の自分には面白くて仕方ない。
べつにこれって海外じゃないと経験できないことなんかではないと思っている。高校や大学で親離れをしたひとはとっくに感じていることなのかもしれない。別にそれでも全然いいと思う。田舎のばあちゃんに昔話を聞かせてもらうのも死ぬほど貴重だと思うし。ただそれが今の自分にとっては日本よりも海外で異文化を経験をしたほうが面白そうと、そう思えただけだ。


これが自分の人生でなんの意味になるのかなんてぶっちゃけよく分からない。自分にとってなにが幸せかなんて若干26歳にして、まだまだ分からなくていいとそう思っている。仮にそれがUnconfortableなときがあったとしても、今はとにかくいろんな異文化のシャワーを浴び続ける。そのなかでいろんなことを感じながらうまく生き抜いていく。
そして自分がおじいちゃんになったときに、孫に「おじいちゃんは昔にあんな人達やこんな人達と一緒に暮らして…」なんて話せたら、もうそれでいいんだよね。
なんてこのファミリーの優しさでエモい気持ちに包まれながら部屋でこんな文章を書いている、そしてこの家のパパはオールブラックスのユニフォームを着て、奥さんを横に添い寝させながら、ラグビー観戦に盛り上がっている。60歳にもなる人がリビングで叫びまくっている。そんな土曜のPM11時である。
控えめにいって、最高だ。
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