ヴィーガンは昆虫を食べられるのか
ジャック・アタリ氏による著書「食の歴史」にて、今後の地球における昆虫食の可能性を知りました。
昆虫はタンパク質を始めとした栄養が豊富なだけでなく、飼育が動物よりも容易で環境への負担も少ないみたいです。
僕自身、主に健康と環境の面からベジタリアンを採用しているのでそのうちに昆虫を口にするときが来るかもしれません。
しかし、ここで疑問が生まれます。
「ヴィーガンは昆虫を食べることができるのか」
ヴィーガンを支持している人の理由はさまざまですが、動物愛護の観点からヴィーガンになったという人も多くいます。そんな方々にとって、昆虫とはどんな存在になっていくのでしょうか。
「昆虫も動物愛護の対象として含まれるのか」を考えていくことによって、ヴィーガンとはそもそも何なのか、そして、ヴィーガンを広めるためにはどうしていけばいいのかまで広く考察をしていきたいと思います。
昆虫食の可能性

フランスの経済学者・思想家であるジャック・アタリ氏の本、「食の歴史」を参考に昆虫食の可能性と将来性を紹介していきます。
昆虫食のメリット
・昆虫はタンパク質をはじめとする栄養が豊富な食物
・動物よりも捕獲と飼育が容易
・生育に必要な水の量は動物よりも少ない
・動物の飼育と比較すると、昆虫のほうが土壌に優しい
・昆虫の飼育に必要な餌の量は、牛の1/6。
・種類によっては昆虫の飼育がゴミの分解にも役立つ
このように栄養面だけでなく、環境の面からも将来的に昆虫食が必要とされる可能性は高そうです。
西洋諸国では、昆虫食の市場は、最初に動物の飼料向け、次にスポーツ選手のタンパク質補給向けとして発展するだろう。
「食の歴史」より
なんと豊富な栄養面からアスリートに向けた昆虫食の普及が近い将来に来るであろうと予測もされています。
というわけで、アスリートにとって昆虫食は注目しておいたほうが良さそうです。
昆虫食のデメリット
・昆虫食の拡大がアレルギーを引き起こす恐れ
・飼育中の大量の昆虫が自然界に放出されるようなことになれば、公衆衛生上、深刻な事態を引き起こす恐れ
・過剰に捕獲することによって昆虫が絶滅する恐れ
もちろん昆虫食にも課題はたくさんあるようです。
昆虫は作物の送粉の役目も果たしていることから、過剰な捕獲によって生態系が崩されてしまう危険性が考えられています。
何事もバランスが大切ですが、それでも著者は、これからは地球全体で昆虫食を消費せざるを得ないことを主張しています。
たしかに、いまは昆虫に対して食べるイメージが沸かないですが、栄養と環境面、そしてコストのことを考慮すると、人口増加が進むこの社会では昆虫食に着目せざるをえないように思います。
ヴィーガンは昆虫を食べられるのか

さてここからはヴィーガンと昆虫に関して概念的な話をしていくことになると思います。まずは言葉の定義からです。
ヴィーガンとは
まず、ヴィーガンという言葉の定義を調べていきます。
“Veganism is a philosophy and way of living which seeks to exclude—as far as is possible and practicable—all forms of exploitation of, and cruelty to, animals for food, clothing or any other purpose; and by extension, promotes the development and use of animal-free alternatives for the benefit of animals, humans and the environment. In dietary terms it denotes the practice of dispensing with all products derived wholly or partly from animals.”
https://www.vegansociety.com/go-vegan/definition-veganism
「菜食主義とは、食用、衣料用、その他の目的での動物の搾取や残虐行為を可能な限り排除しようとする哲学と生活様式であり、ひいては動物、人間、環境のために、動物を使わない代替手段の開発と使用を促進するものである。食生活の面では、動物に由来するすべての製品、またはその一部を使用しないことを意味します。」
ヴィーガン協会によるヴィーガンという言葉の定義は上記のように定められています。
食生活に限ってざっくり言えば、「なるべく動物を食べない努力をする考え方」と言えると思います。
僕が思うにポイントは、
・動物の搾取や残虐行為を可能な限り排除しようとする哲学と生活様式
・ひいては動物、人間、環境のために、動物を使わない代替手段の開発と使用を促進するもの
「可能な限り排除しようという哲学と生活様式」、「代替手段の開発と使用を促進するもの」
この2つの言葉の表現はのちのちに大切になってくるので覚えておいてください。
昆虫とは
ヴィーガンの人が動物を食べないということが分かりました。はたして、昆虫は動物に含まれるのでしょうか。
昆虫(こんちゅう)は、六脚亜門の昆虫綱(学名: Insecta)に分類される節足動物の総称である。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%86%E8%99%AB
昆虫は動物の一種であることが分かります。
つまり、ヴィーガンの人は肉や魚と同様に、昆虫も食生活から排除すべき対象になるということです。
ヴィーガンの人たちの考え方や基準

言葉の定義からいくと、ヴィーガンの人たちは昆虫も食べないということが分かりました。
ここからはヴィーガンの人たちの考え方や、何を基準として食を選択しているのかについて考えていきたいと思います。
ヴィーガンはゴキブリも殺さないのか。
「動物を食べないのは可哀想だから」
仮にですが、これを一つの前提として考察をしていきたいと思います。
ヴィーガンを論破するための反対意見としてよく言われるのは「動物や生物を全く殺さずに生きていくなんて無理だ」、「ヴィーガンの人たちはハエやゴキブリでさえも殺さないのか」です。
要は、「動物を殺さずに生きていくなど無理だ偽善者め。」という論調です。
少し話はそれますが確かに、僕も一人の人間として生物に対する不平等な価値観を持っていることは時々思います。例えば、牛やニワトリ、カンガルーが殺されるシーンは目を背けたくなります。やれと言われてもとてもできそうにありません。しかし、魚は生きたままさばくことも出来ます。ハエや蚊もうっとうしい時は躊躇せずに叩き潰すことが出来ます。
この差は何なのでしょうか。生物としてのサイズという単純な問題ではなく、そこにはなにか文化や慣習からくる基準が自分の中にあるような気がしています。とにかく何を持って、かわいそうと思えるのか、自分でもわからないのです。
この反対意見からすると、おなじ原理がヴィーガンにも言えると思います。「動物を殺すのが可哀想だから動物を食べない」とか言うのであれば、「部屋にゴキブリがでても殺すなよ。」などと言われそうです。
しかし、そういうことではないということがヴィーガンの定義から分かると思います。
動物の搾取や残虐行為を可能な限り排除しようとする哲学と生活様式
ヴィーガンの人たちは動物を全く殺さない人でも、動物を食べない人でもなく、動物の搾取や残虐行為を可能な限り排除しようとする考え方を持った人をさします。
まとめるなれば、その気になればヴィーガンの人もゴキブリを殺すことはあるということです。
ヴィーガンを広めるために動物愛護を訴えることは機能しない。

僕が何をいいたいかと言うと「世間の人たちが抱いているヴィーガンへの印象やイメージ」と、「実際のヴィーガンの人たちの考え方」には大きなギャップがあると感じています。
そして、この世間の人たちが間違った印象を持つ原因となっているのは、ヴィーガンの人たちの主張にあるのではないかと思います。
よくTwitterなどでヴィーガンの方々が、動物が狭いケージに押し込められている映像や、出荷の様子から倫理を訴えるツイートを目にします。それと同時に動物愛護を訴えています。
これ自体は何も悪いことではありませんし、僕もこういったコンテンツのおかげで畜産業の実態を知ることが出来ています。
しかし、あまりにも衝撃が強すぎて、上手く伝わっていないように思います。
「人間がこんなにもひどいことをしているなんて信じられない」という、ある種の拒絶反応が起きて、なんとかして自分を正当化したくなります。
その結果、なんとかしてヴィーガンを論破するという自己防衛現象が生まれます。
ここでヴィーガンの言葉の定義に戻ります。
「ひいては動物、人間、環境のために、動物を使わない代替手段の開発と使用を促進するものである。」
動物、人間、環境のために、動物を使わない代替手段の開発と使用を促進するもの。
つまり、ヴィーガンとは、動物愛護(動物を使わない代替手段)を広めるための手段の一つであるということです。
ヴィーガンを広めるための動物愛護ではないということです。
ここすごく大事です。
しかし、世間にはヴィーガンを広めるために動物愛護が利用されているように写ってしまっているのではないかと僕は思います。
これが世間とヴィーガンの人たちの間にあるギャップが生まれる理由です。
僕は違う方向性でいこうと思う。

あくまですべて僕の独断と偏見ですが、そこにはたしかにヴィーガンの人たちに対する間違った印象があると感じています。そしてそれは皮肉にも、ヴィーガンの人たち自身が作り上げてしまっているというのが僕の意見です。
しかしながら、僕の知る限りヴィーガンの人たちは偽善者なんかではないです。
ヴィーガンを採用する理由は人によってさまざまですが、いずれにせよみんなリテラシーが高いように思います。
健康の面からヴィーガンになる人は栄養について自分で勉強しているし、環境問題が理由の人はもちろん環境問題について詳しいです。そして動物愛護から採用している人も社会問題や倫理について自分の意見を持っている人が多いです。
僕にとってはみんな素敵に思えます。
それなのに世間には間違った印象で捉えられるのはとてももったいないように思います。
僕にとってヴィーガンは偽善者の集いなんかではないし、仮に僕がヴィーガンだとしても動物を殺さない善人ぶるつもりはありません。なので僕は動物愛護の観点からヴィーガンをあまり語らないようにしています。そして今後もしていかないつもりです。
理由はそれがヴィーガンを広めるためには得策だとは思えないからです。
大事なことなのでもう一度いいますが、逆はアリです。
動物愛護を広めるためにヴィーガンを利用することはとても良いと思います。ただ、世間には間違った捉え方をされやすいと思いますが。
とにかく、僕が海外で知ったヴィーガンはクールなもので、ファッションと同じものでした。
そんなクールなヴィーガンを僕は広めていくことがヴィーガンを広めていくには良さそうだと考えているので、なにか今ある方法とは違う表現をしていきたいと思います。
以上、昆虫食から考えるヴィーガンの在り方と、ヴィーガンの世間からの印象について考察した記事でした。

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